国鉄型気動車備忘録

国鉄型気動車に関する事を主に書くブログのつもりでした…

キハ17 280

国鉄型気動車備忘録 No.98

 

1956年2月28日、東急車輛製造で落成し、配置区は小牛田でした。

最終配置区も小牛田ですが、陸東・石巻線管理所に10年ほど所属していた時期があるので、小牛田オンリーの車両ではありません。廃車年月日は1981年6月19日です。

 

撮影日は1981年2月24日で、場所は小牛田客貨車区です。

上の写真は小牛田客貨車区の隅に留置されているキハ17 280を含めた3両の10系気動車です。

真ん中はキハ17 378、奥の車両はNo.44で紹介済のキハ10 44です。

 

この車輌の特徴は、2燈シールドビーム、デフロスター装備、タイフォーンを前面尾燈横に移設、複線式のスノープロウ、乗客用ドア下部の明り取り窓を板で塞ぐ、などです。

 

1-3位側の写真です。Hゴムの色が黒色と灰色が混在しています。トイレの窓は開閉式です。

渡り板に車番は書かれていません。

 

1-3位側を俯瞰して撮影しています。しばらく稼働していないので屋根には雪が積もっています。

向こう側に見える気動車は40系3両、45系2両、55系1両とキハユニ26が1両です。

 

2-4位側の2位寄りです。このドアの下部明り取り窓のみ埋められていません。

車体中央部近くのHゴムのみ黒色で、他は灰色です。

台車はDT19(動台車)でその横の灰色の小さい箱は制御回路開放器で丸に「開」のマーク。

その隣の灰色の箱は接触器箱で丸に「接」のマークです。

エンジンはDMH17Bです。

車番の下にあるのは独立温気暖房器で丸に「温」のマークです。

 

2-4位側の4位寄りです。戸袋窓上側が黒色Hゴムです。

独立温気暖房器の横の細長いタンクは付加空気ダメで「付」と書かれています。

その横が燃料タンクで容量は400Lです。

台車はTR49(従台車)です。

車端にある札差しには「二休車」が差さっています。

 

1-3位側の1位寄りです。

こちら側の札差しにも「二休車」が差さっています。

台車(DT19)と逆転機の横にある灰色の大きな箱は蓄電池箱です。

丸に「蓄」のマークです。

 

1-3位側の中央部分です。

こちら側の独立温気暖房器には「温」マークが有りません。

塗りつぶされているようにも見えます。

左側のタンクは元空気ダメで「元」と書かれています。

 

1-3位側の3位寄りです。

燃料タンクの横にある長方形の物は消火器入れで、

その横にあるのは制御空気ダメで「制」と書かれています。

ドア付近はロングシートになっているため、上部窓からつり革が見えています。

 

1981年2月、小牛田にはキハ10が4輌、キハ17が2輌いましたが全て廃車を前提とした二休指定となっていました。書類上ではキハ17 280の廃車日は1981年6月19日で撮影日から約4か月後です。1980年度を乗り切ったことになっていますが、この後に運用に戻ったかどうかは不明です。二休車なのでこのまま廃車になってしまった可能性が高いように思います。

 

それでもキハ17 280は同じ小牛田のキハ17 378と共に国鉄のキハ17で最も遅くまで車籍があった車両であるという事に間違いありません。(他社譲渡及び改造車を除きます)

 

前回のキハ52 137をUPしたのが2016年10月でしたので10年ぶりになります。それほど頻繁にはUPできないとは思いますが時間が出来たときにやっていきたいと思います。

 

 

参考文献

鉄道ピクトリアル 通巻211号、通巻374号、通巻637号、通巻980号

鉄道ピクトリアル 国鉄形車両の記録 キハ17系気動車

国鉄キハ10 Vol.1

国鉄車両配置表 1981年版

2019年4月30日、5月1日 秩父鉄道 SLパレオエクスプレス撮影

先日、豊川市内の居酒屋で友人と飲んでいた時、「たまにブログを見るけどまったく更新してないね。」と言われました。
仕事と日常生活に追われてなかなか更新できませんが、人に言われるとやる気が出ます。
平成から令和にかけ、秩父鉄道で特製ヘッドマークと日章旗を掲げたSLパレオエクスプレスが走ったので撮りに行きました。

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平成最終日の4月30日は雨たまに曇りの天気で、昔撮ったことのある白久-三峰口に行きました。

白久駅近くの撮影地に着いたのは列車通過の1時間前でしたが有名撮影地だけあってすでに満席状態でした。

この場所に固執する理由もありませんので少し三峰口方面に移動すると取れそうな所がありましたのでそこで撮ったのがこの写真です。

こんな場所でもSL通過直前には追っかけの人が3~4人来て撮っていました。

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翌日の令和初日は少し気合を入れて車で出撃したのですが天気が良かったせいか撮影者の出足も早く、良さそうな場所はどこも一杯でした。樋口-野上で撮ったあと追いかけました。青色ナンバーは新色だそうです。


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長瀞駅の11分間停車の間に追い抜けたので親鼻-皆野の踏切そばで撮りました。午後は用事があったのでこれで撤収となりました。


DF50 53

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1978年3月30日、箕島-初島で撮影したDF50 53が牽引する貨物列車です。
貨物列車と言っても車掌車2両の間に貨車が1両という情けない編成です。
箕島駅を発車した直後の撮影なので後方には箕島駅が少し写っています。
撮影日の3月30日は第50回選抜高等学校野球大会4日目、ちょうど箕島高校が
甲子園で試合をした日で、住民はみなテレビの前で観戦していたようで人通りが少なく、
町がひっそりしている中でテレビの野球中継の音がそこここから聞こえていました。
ちなみに箕島高校は黒沢尻工業高校に1対0で勝利しました。
この日は、箕島の人たちは勝利の美酒を味わったに違いありません。
 
長いこと更新が滞っておりました。
この間いろいろな事があり更新する気力がありませんでした。
DF50のネガをスキャンする機会がありましたので更新出来ました。
今後も時間のある時に更新したいと思います。

2016年10月22日 大井川鉄道 SLフェスタ撮影

新金谷駅で行われたSLフェスタに行ってきました。
SL3輌の並びは9:30~9:50までだったので、9:00には新金谷駅に着いてSLが並ぶのを待ちました。
 
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C10 8が最初に出てきました。暫く中線で停車した後、道路側の線路に移動しました。
 
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次にC11 190が出てきてホーム側の退避線に移動しました。
 
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最後にC11 227が出てきて3輌揃いました。
 
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フェンス越しの撮影なのでなかなか思うようには撮れませんでした。
これは場所を後方に移動して撮ったものです。

1999年4月26日 中央西線 多治見駅ホーム撮影

17年前の4月、出張で行った多治見駅のホームで少し写真を撮りました。
 
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中津川行きの113系6両編成。
 
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名古屋行きの103系10両編成。
 
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岐阜行きキハ11型5連。
 
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多治見行きキハ40系4連。
全て過去帳に入ってしまいました。
 

キハ52 137

国鉄型気動車備忘録 No.97
 
1966年3月29日、新潟鉄工所で落成し、配置区は多治見でした。
国鉄時代は美濃太田におり高山線などで運用されていました。
最終配置区は新津で、廃車年月日は2011年8月3日です。
その後フィリピンに送られて第2の人生を送っています。
 
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撮影日は2008年7月6日、場所は米沢駅です。
車内の写真はありませんが座席配置が原型のままだったというのが特徴です。
 
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逆側から撮った写真です。連結されているのはキハ47 1520です。
 
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駅から出て、反対側も記録しました。
以前はこの車輌も新潟色を纏っていましたが国鉄一般色に変更されました。
非常に綺麗な状態でした。
 
参考文献
鉄道ピクトリアル 通巻823号、通巻826号
国鉄車輌配置表 1976年度
国鉄車輌配置表 1986年度